海外に現地法人を立ち上げた最初の1年は、多くの場合、勢いで回ります。本社から送り込んだ駐在員と、熱意ある立ち上げメンバーが、手探りで顧客を開拓し、体制を整えていきます。
ところが2〜3年目に入ると、人と組織の歪みが一気に表面化します。本社に聞こえてくるのは「業績が計画に届かない」という数字だけで、その裏で何が起きているのかは見えにくいものです。本記事では、海外拠点が立ち上げ2〜3年目に崩れ始める典型的なパターンと、その原因、本社が今すぐ点検すべきことを解説します。
1. 立ち上げ2〜3年目の海外拠点で、何が起きるか
よくあるのは、次のような経過です。東南アジアに販売拠点を立ち上げ、1年目は本社から赴任した拠点長と現地採用の営業マネージャーが二人三脚で顧客を広げた。2年目にその営業マネージャーが競合に引き抜かれ、主要顧客の一部も一緒に離れた。3年目に拠点長が帰任し、後任が着任したときには、現地の事情を知る人がほとんど残っていなかった――。
この時期の海外拠点で起きやすいことは、大きく3つです。
ひとつは、キーパーソンの離職です。立ち上げを支えた現地の中核メンバーが、より良い条件やポジションを求めて競合に移ってしまう。人と一緒に、顧客との関係や業務のノウハウまで流出し、拠点の実力が一気に落ちます。
ふたつめは、統制が効かなくなることです。現地任せの経営が続くと、少人数の拠点では一人で業務が完結する「一人仕事」が生まれやすく、不正の温床になります。第三者委員会の設置事由を分析した調査では、2025年7月〜2026年4月に設置された案件の半数以上が着服・横領(不正支出やキックバックを含む)で、海外子会社での発生も多く含まれていると報告されています。子会社の経営層自身が関わる不正の相談も増えているといいます。
みっつめは、人件費の計画が崩れることです。成長市場では賃金の上昇が速く、たとえばジェトロの調査によると、インドに進出する日系企業のスタッフの平均昇給率は2025年に10.0%に達し、中途採用者の45.0%が前職から20〜30%の昇給で入社しています。立ち上げ時の給与テーブルのまま運用していると、採用も定着も立ち行かなくなります。
2. なぜ、3年目に崩れ始めるのか
これらは個別のトラブルに見えますが、原因をたどると、立ち上げ期に先送りした3つの課題に行き着きます。
2-1. 原因A:拠点の運営が、一人の駐在員に依存している
よくある状態
– 拠点長である駐在員が、営業・採用・経理・本社報告までを一人で抱えている
– 現地の判断基準や顧客との関係が、駐在員の頭の中にしかない
– 3〜5年の任期で駐在員が交代すると、引継ぎが数週間で終わり、現地メンバーとの信頼関係が振り出しに戻る
見直しのポイント
立ち上げ期に属人化するのは避けられませんが、2年目以降は「駐在員がいなくても回る状態」を意識して作る必要があります。現地で拠点長を補佐できる幹部候補を早い段階で採用・育成しておくことが、交代時の空白を防ぎます。
2-2. 原因B:現地人材のキャリアと評価が見えない
よくある状態
– 現地人材の昇進基準や評価制度がなく、上のポジションは日本人駐在員で占められている
– 給与の見直しが本社の承認待ちで遅れ、市場水準から取り残されている
– 退職理由を聞けておらず、なぜ人が辞めていくのか分からない
見直しのポイント
開国エンジンの『グローバル人材白書(2025-2026年版)』によると、海外拠点で雇用する現地人材の離職理由は「キャリア・成長機会」が42.0%で最多、次いで「給与・報酬水準」が33.3%でした。「明確な理由は把握できていない」という企業も31.9%にのぼります。この拠点で働き続けると、どこまで上がれるのかを示せなければ、優秀な人から順に離れていきます。
2-3. 原因C:本社が拠点を見る仕組みがない
よくある状態
– 本社への報告が売上・利益の数字だけで、人員の状況や業務の実態が共有されていない
– 承認や支払いの権限が拠点長に集中し、牽制する仕組みがない
– 本社側の担当者が他の業務と兼務で、現地に足を運ぶ機会がほとんどない
見直しのポイント
「現地を信頼して任せる」ことと「本社が見ていない」ことは別物です。権限規程と職務の分担を整え、数字以外の情報(人・業務・リスク)が本社に上がってくる仕組みを作ることが、拠点を守ることにつながります。
3. 対策:立ち上げ3年目の「拠点点検」を行う
立ち上げから2〜3年が経った拠点では、業績の確認とは別に、人と組織の点検を一度行うことをおすすめします。
点検の観点
– 人:拠点の運営が特定の一人に依存していないか。駐在員の後任と、現地の幹部候補はいるか
– 処遇:給与テーブルは現地の市場水準と比べてどうか。昇進の基準は現地人材に説明できるか
– 統制:承認・支払い・記帳が同じ人に集中していないか。本社は数字以外の情報を受け取れているか
– 本社側:拠点を見る担当者は誰か。その人は現地と意思決定を進められる経験と語学力を持っているか
点検で見つかった空白は、現地幹部の採用、評価・報酬制度の整備、本社側の担当人材の手当てという形で、優先順位をつけて埋めていきます。
4. 現地幹部の採用で、失敗しないために
点検の結果、多くの拠点で最初に必要になるのが、拠点長を補佐し、将来は拠点を任せられる現地幹部の採用です。ただし、この採用は立ち上げ期の採用以上に難しくなります。
押さえておきたいポイント
– 本社と現地の両方を理解できるか:現地の商習慣に通じているだけでなく、本社の意思決定の仕組みを理解し、日本側と議論できる人材かどうかを見極める
– 採用を現地任せにしない:現地の人材紹介会社に任せきりにすると、本社が求める要件が伝わらないことがある。本社側も要件定義と最終面接に関与する
– 報酬は現地の市場水準で設計する:本社の給与テーブルや、既存の現地スタッフとのバランスだけで決めると、優秀な候補者ほど他社に流れる
– 入社後の役割の広がりを約束する:「いずれは拠点長に」という道筋を、評価の基準とあわせて示す
現地幹部は、拠点の業績だけでなく、本社と現地をつなぐ統制の要にもなります。採用の段階から、本社の経営陣が関与する価値のあるポジションです。
5. 拠点の問題は、海外事業の設計の問題でもある
ここまでの原因は、人事の打ち手だけでは解消しきれません。その拠点が販売拠点なのか、生産拠点なのか、地域を束ねる統括拠点なのか。本社はどこまでの権限を現地に渡し、どこから先を本社で判断するのか。拠点の役割と権限の設計が曖昧なままでは、採用すべき人材の要件も、評価の基準も決まりません。
3年目の点検は、海外事業の戦略と、それを支える組織の設計を見直すきっかけとして活用していただくのが理想です。
また、拠点の問題は本社側の体制の問題でもあります。現地の状況を理解し、拠点長と対等に議論できる人材が本社にいなければ、どれだけ点検の仕組みを整えても、上がってきた情報を経営判断に生かせません。拠点を強くすることと、本社の海外事業を担う人材を厚くすることは、一体で進める必要があります。
まとめ・結論
海外拠点が立ち上げ2〜3年目に崩れ始める背景には、一人の駐在員への依存、現地人材のキャリアと評価の不在、本社が拠点を見る仕組みの欠如という、立ち上げ期に先送りした課題があります。これらは時間とともに離職や不正、人件費の膨張という形で表に出てきます。
業績の数字が崩れてから手を打つのでは遅すぎます。まずは自社の海外拠点について、「この拠点は、誰がいなくなったら回らなくなるか」を問いかけることから始めてみてください。
私たちGlobal Career Incubator(GCI)では、海外拠点の幹部・現地人材の採用支援にとどまらず、拠点の役割・権限の設計、評価・報酬制度の見直しを含む経営・組織課題について幅広くご支援しています。海外拠点の体制にお悩みの場合は、お気軽にご相談ください。
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執筆者
株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
略歴:防衛省勤務(国家I種)およびオーストラリア国防省勤務を経てビジネスの世界へ。 不動産大手経験後、不動産ベンチャー立ち上げや国内ファンド・国内事業会社・海外テック企業での経営および採用を経験したのち、当社創業。
企業経営者・採用責任者としての経験をベースに、「キャリア版Y Combinator」とも言える独自のアクセラレータープログラムを開発。外資系・バイリンガル・ハイクラス人材に特化し、個人のキャリアアップと企業の組織力強化・効率化を支援しています。
