株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

既存の海外顧客から、別拠点にも商品を入れたいと相談が来ている。隣の国では販売会社との接点ができ、新商品を海外で試したいという社内の声もある。どれも前向きな話なので、経営会議では三つとも進める方針になった。ところが、見積もり、仕様確認、説明資料の作成が同じ担当者へ集まり、既存顧客への返答まで遅れ始めている。
こうしたとき、事業責任者が決めるべきなのは、国の優先順位だけではありません。既存顧客で利用範囲を広げるのか、新しい国で既存商品を売るのか、同じ市場へ新商品を出すのか。それぞれで、何を新たに確かめ、誰の仕事が増えるかを並べてください。
機会の魅力を認めることと、今期にすべて実行することは分けましょう。今回進める案、情報確認にとどめる案、保留する案を決め、次の判断に必要な条件を残すことが重要です。担当者の頑張りで同時進行を成立させる前に、経営として選ぶ仕事に向き合っていきましょう。
「横展開できる」の中身を、顧客・国・商品へ分ける
海外で一件売れた商品があれば、その経験を次に生かしたいところです。ただし、何を変えても同じように売れる、とまでは言えません。
同じ顧客の別拠点でも、使用部門、既存設備、発注の決裁者が違うかもしれません。近い国への進出でも、販売経路や保守を担える相手は調べ直す必要があります。同じ国の新商品なら、市場情報を使える部分があっても、顧客がその商品を選ぶ理由まで確認済みとは限りません。
日本政策金融公庫の輸出準備ガイドは、国・地域の一般情報と、輸出する商品に特有の情報という、二つの側面からの市場調査を示しています。「その国を知っている」という認識だけで、次の商品や使い方の確認まで済ませないようにしましょう。
本稿では、国・顧客・商品の広げ方を、実際に増える仕事から比べる方法を提案します。どの順番が常に正しいかを決めるものではありません。現在の事業と、各案で確かめられた条件に応じて、選ぶ順序は変わります。
機会の一覧へ、共通する担当者を入れる
売上見込みだけの一覧では、同じ人を何度使うかが見えません。各案に必要な顧客確認、提案、技術対応、契約・提供条件の確認、販売後の支援を書き出してください。その際、「営業部」「技術部」という部門名で止めず、実際に担当できる人まで確かめましょう。
例えば、三案すべてに技術確認が必要でも、別々の専門家が担当できるなら負荷の重なり方は違います。反対に、図面や設置条件を確認できる人が一人しかいないなら、全社の人数に余裕があっても、その工程は詰まります。
外部へ依頼できる仕事についても、委託先の作業だけで済むかを見てください。資料を翻訳してもらっても、商品に関する表現の確認が社内へ戻るなら、その確認時間は残ります。販売会社が問い合わせを受けても、例外判断を毎回本社へ返す体制なら、本社支援の仕事は減り切りません。
「共通化できる仕事」と「同じ担当者を使う仕事」は、違います。共通の説明資料を一度作れば複数案で使える部分はあります。しかし、各顧客の設備条件を確認する仕事まで一度で済むとは限りません。再利用できる成果物と、案件ごとに必要な確認を分けることが重要です。
三つの拡大案を、六週間の仕事へ戻してみる
以下はGCIが作成した仮想例です。
業務用ラベル印刷機を扱う企業が、一つの国で販売と導入支援の経験を積みました。次の六週間に進めたい案が、三つあります。
A案は、既存の小売顧客が持つ物流拠点へ、現在の商品を広げることです。顧客との接点はありますが、物流現場での使い方と設備の条件、導入予算は別途確認が必要です。
B案は、別の国の販売会社を通じ、現在の商品を紹介することです。候補企業との初回対話は済みましたが、その会社が設置後の問い合わせにどこまで対応できるか、取引や提供の条件が整うかは未確認です。
C案は、既存市場へ新しい携帯型の商品を投入することです。関心を示した企業はあるものの、実際の業務で使う条件は、まだ試せていません。製品担当者による説明と利用条件の確認が必要です。
既存の約束を守るための作業を先に除くと、海外事業責任者が新規案へ使える時間は、この六週間で十八時間です。三案の現地作業を担える技術担当者は同じ一人で、この人が新規案の現地作業に使える枠は十二稼働日あります。下表の「日」は、この一人が現地で作業する日数です。準備、移動、事後対応は別に見積もり、着手前に本人の六週間の予定表へ入れます。
| 案 | 六週間で進める範囲 | 責任者の追加時間 | 同じ技術担当者一人の現地作業 | 未確認の重要条件 |
|---|---|---|---|---|
| A:既存顧客の別拠点 | 条件確認、提案、合意した場合の導入対応 | 八時間 | 六日 | 利用条件、予算、導入判断者 |
| B:別の国 | 販売会社の評価、提供条件確認、現地での商品説明 | 十四時間 | 四日 | 保守範囲、販売体制、取引・提供条件 |
| C:新商品 | 利用条件確認、実演、評価結果の整理 | 十二時間 | 八日 | 使う理由、適合条件、支援方法 |
責任者の時間には、各案で予定する顧客・社内への確認と判断、返答の準備を含めています。技術側は現地作業だけの比較なので、この表で枠内に収まる案も、そのまま実施可能とは決めません。自社で使う際は、作業名、担当者、必要時間、実施予定をそろえ、表にまだ入っていない仕事を書き足してください。
三案の合計は、責任者が三十四時間、技術担当者が十八日です。どちらも使える枠を超えています。また、AとBを組み合わせると、技術担当者は十日で収まりますが、責任者は二十二時間となり、十八時間の枠を超えます。技術側だけを見て「二案なら可能」と決めると、責任者の確認が止まりかねません。
日程も重ねてみます。顧客と販売会社の受入希望を予定表へ仮置きすると、Aの六日のうち二日と、Bの四日のうち二日が、第四週の同じ日程に重なっています。責任者の時間を増やせたとしても、この一人が両方へ行く予定は組めません。相手と日程を調整するか、担える別の人を確保するか、どちらかの現地作業を後へ回す必要があります。
人数をまとめた一つの点数へ変えるより、どの人の、どの仕事が重なるかを見てください。この例では、各案を表の範囲まで同時に進めるには、仕事の範囲か体制を変える必要があります。合計時間と、実際に仕事を置ける日程の両方を確かめましょう。
ここで、後の顧客回答を見る前に、経営者として一度だけ配分を決めてみてください。A・B・Cを「この六週間で実行する」「確認だけ進める」「保留する」の三つへ置き、海外事業責任者が使える十八時間、同じ技術担当者一人が使える十二稼働日、第四週に重なるAとBの各二日という、ここまでの条件だけを使います。各案をどこへ置いたかと理由を一行ずつ残し、最初の配分表は消さずに保存してください。売上や受注確度など、まだ示されていない条件は足しません。
実行できることだけで、選ぶ価値まで決めない
ここまでの工数比較で分かるのは、三案を同時に進める難しさです。A案が最も売上を生むことや、利益が残ることを証明したわけではありません。負荷が少ないという理由だけで選ぶと、限られた能力を、顧客がまだ必要としていない提案へ使ってしまう可能性もあります。
事業責任者は、各案について「誰が、何のために、いつまでに判断したいのか」を確かめてください。A案なら、既存顧客の担当者が関心を示しただけなのか、物流拠点の責任者が実際の導入判断を予定しているのかで、次の仕事は変わります。B案の販売会社も、取扱商品を広く集めている段階なのか、具体的な顧客への提案を控えているのかを分けましょう。
そのうえで、同じ期間の見通しとして、得られる取引の範囲、必要な支出、提供後に残る仕事を並べます。確度の違う案件を、売上見込みの大きさだけで足し合わせないでください。見積もりを受け取った顧客と、商品紹介だけを求めた相手を、同じ受注段階として扱わないことも重要です。
収支や資金への影響は、金額の根拠、支出と入金の時期、継続して負担する費用を、財務担当者と確かめてください。ここで期待値を精密そうに計算するより、どの前提が変われば採用案を変えるのかを明らかにしましょう。追加の技術対応を入れると採算が合わなくなるのか、取引の時期がずれると既存の支援体制では担えないのか。判断に効く違いを見つけるための確認です。
以下でA案を先に確かめるのも、こうした取引条件を確認するためです。工数表だけでA案への全面投資を決める、という順序にはしないでください。
先ほどの配分表を、同じ三案と同じ数字のまま読み直します。工数が枠に収まるかだけでなく、各案で「誰が、何のために、いつまでに判断したいのか」が今の情報から言えるか、確度の違う機会を同じ受注段階として扱っていないか、販売後に残る仕事を無視していないかを理由として吟味してください。新しい顧客回答も、追加人員もまだ置きません。そのうえで同じ配分表を修正し、実行・確認・保留の位置を動かした案には、共通担当者の負荷、日程衝突、判断材料の不足のどれを理由に動かしたかを初稿の横へ書きます。変えなかった案にも、同じ条件で維持できる理由を残してください。
ここで同条件の資源配分を比べ切ってから、次の節でA案に新しい顧客情報が入った場合へ進みます。
先にAを選ぶとしても、「既存顧客だから」で済ませない
この企業が、A案の利用条件と予算を優先して確かめ、条件が合えば導入へ進むとします。既存の担当者から物流拠点の責任者へ話をつなげられ、現在の商品を使える範囲と判断時期を、最初に確かめる見通しがあるためです。関係があることだけを、受注の証拠にはできません。
海外事業責任者は、物流拠点で何を変えたいのか、誰が費用を決め、いつ導入を判断するのかを聞きます。技術担当者は、その使い方と設備条件を受け取り、現在の商品で対応できる範囲を確かめます。本部の好意的な返答を、拠点の導入承認と読み替えないことが重要です。
ここで、物流拠点の責任者から、標準機能を使う対象業務と六週間内の判断予定を聞け、予算の判断者も確認できたとします。技術担当者は大きな仕様変更なしで対応できる範囲を示し、現地作業六日に加えて、準備一日、移動二日、事後対応一日を見積もりました。A案でこの技術担当者の予定を使うのは、合計十日です。技術部門長がこの十日を既存案件の予定と照らし、顧客の受入可能日に合わせて配置できるところまで確かめます。顧客の合意が必要な作業は合意予定日より後に置き、準備・移動・事後対応も六週間の中に収まるかを確認します。予定どおりに着手するために必要な合意日を過ぎたら、今回の期間に導入まで進める案を外し、配分を判断し直します。
この段階で、海外事業責任者は、対象業務、提供範囲、価格、日程をまとめて経営者へ出します。価格と必要な支出の根拠は財務担当者とも確認します。経営者が条件提示を承認したら、顧客の判断者へ見積もりを渡し、その条件での合意を記録してから、技術部門長が導入作業を確定します。商品を入れたいという意向を聞いただけで六日の現地作業を約束することと、この順序で進めることでは、会社が引き受ける責任が違います。
一方、確認の結果、大きな仕様変更が必要で、今の技術対応の枠では収まらないと分かったら、A案の優先順位を見直します。利用条件に合わない部分を小さく扱い、最初に選んだ案を守ろうとしないでください。海外事業責任者は、提供範囲を絞れるかを顧客と確認し、それでも収まらなければ、Aの導入準備を止めて比較表を経営者へ戻します。
例えば、物流側の責任者から「予算は次の期に判断する」と返答があった場合も、六週間で導入まで進める前提を外します。そこで空いた作業枠を、すぐBへ付け替えるのではなく、Bの保守範囲と取引条件を並べてください。Bが次の顧客判断へ進める状態なら、Bを先にする理由になります。まだ条件が足りないなら、準備のない現地説明を埋め合わせに入れず、確認する範囲を保ちます。
経営者は、担当者へ「Aを最優先」と伝えるだけで終えないでください。現在の商品で対応できない、予算の判断時期が六週間を超える、既存顧客への対応に影響する。このどれかが分かったら、海外事業責任者が案を戻すと決めておきます。最初の選択を守るためではなく、顧客の答えを次の配分へ反映するための約束です。
Bを捨てずに、今回の約束を小さくする
A案を選んだからといって、B案への連絡を途絶えさせる必要はありません。ただし、販売開始の仕事を予定に残したまま、「情報収集だけです」と呼び直すのは避けましょう。
この例では、B案の販売会社へ保守経験と支援体制を尋ねる一回の対話を、責任者の二時間の枠で行います。資料確認、質問の準備、対話、回答の記録までをこの枠に含め、現地の商品説明は約束しません。A案の八時間と合わせて十時間です。Bの現地作業を今回は行わないため、第四週に重なっていた技術担当者の予定も外せます。
二時間を超える調査や、技術者による個別確認が必要になれば、その場で受けず、次の判断へ戻します。候補企業へは、今回は提携の可能性を確かめる段階であることと、次に連絡する時点を伝えてください。販売開始の了承として受け取られないよう、今回、答えてほしい内容をそろえます。
C案には、海外事業責任者の一時間を置きます。既存の記録から関心を示した企業の用途と希望時期を整理し、相手へ次に状況を連絡する時点を伝えるところまでです。新たな対話、実演、技術評価は、この一時間には入れません。記録を読んでも条件が分からなければ、その項目を次回確認する候補として残します。保留の間に、担当者が隠れて準備を続ける運営にはしないでください。
責任者の時間は、Aの八時間、縮小したBの二時間、Cの整理と連絡の一時間で、合計十一時間です。十八時間との差である七時間は、追加の顧客条件や再判断に備えて未配分として残します。空いているからと自動的に別の仕事を引き受けず、使う目的と影響を責任者が示し、経営者が配分を決めます。
会議後の記録には、Aは条件確認を進め、提示条件の承認と顧客合意を経て導入へ移す、Bは二時間の確認に限る、Cは一時間の整理と連絡にとどめる、と残します。技術側にはAの現地六日と準備・移動・事後対応四日を分けた予定を渡し、顧客合意後に確定する日を明らかにします。海外事業責任者は各回答を受けた段階で表を更新し、経営者は次の配分を判断します。
機会を残す方法は、三案へ同じように着手することだけではないのです。相手との連絡を続けながら、進める仕事と、まだ引き受けない仕事をはっきりさせていきましょう。
順序を逆にする条件も、選んだ時点で書く
既存顧客への深耕が、常に新しい国や商品より優先するわけではありません。B案の候補企業に、既存商品を支える具体的な体制があり、必要条件の確認も進んでいるなら、比較は変わります。C案の利用条件が確かめられ、既存顧客から具体的な評価機会を得られている場合も同様です。
ただし、「新市場の方が大きそう」「新商品だから成長する」という期待だけで順序を逆にしないでください。何が確認でき、どの仕事を誰が担い、既存の約束をどう守れるかに戻りましょう。
追加の人員や外部支援を使う案もあります。その場合は、依頼先の仕事、社内の確認作業、立ち上がるまでの期間を含めて、もう一度比較してください。採用予定者や、まだ契約していない相手を、今すぐ使える能力として数えないことが重要です。
経営判断としては、今回の一案、継続して確かめる条件、次に判断する時期を残しましょう。市場や顧客の変化があれば、その時期を待たずに戻す条件も決めます。予定を固定するためではなく、先送りと場当たり的な追加を減らすための記録です。
拡大先の数とともに、販売後に増える仕事を見る
最初の商談や実演が終われば、次の案に人を回せると思っていないでしょうか。提供が始まれば、問い合わせ、追加説明、交換や修理の判断、販売会社への支援などが発生する可能性があります。どの仕事を自社が担う契約・体制なのかを、開始前に確かめてください。
販売後の支援を持たないまま、新規の説明に使う時間だけを比べると、拡大できる余力を大きく見積もりかねません。一方で、相手が担える範囲を確認し、社内へ戻す条件が共有できていれば、次の案を検討する材料になります。
輸出入、契約、税務、製品の適合性など、専門的な確認を要する条件は、担当者や専門家と確かめましょう。本稿の比較表が埋まっただけで、提供できる状態になったとは判断しないでください。
事業責任者の皆さんには、新しい案を抑える役だけを担ってほしくはありません。顧客の期待を実行へ変えるために、使える能力を見極め、約束を守れる順序を作っていただきたいのです。進める一案と、今は進めない仕事を同時に決めるところから、拡大の計画を具体化していきましょう。
複数の成長案を、実行できる順序へ整理したいときは
三案の比較表が途中でも、同じ担当者へ重なる仕事と、まだ見積もれない仕事が分かれば、ご相談の出発点になります。進めたい機会に加えて、既存顧客へ約束している対応もお聞かせください。
GCIの経営・組織コンサルティングで、機会を確かめる仕事と、今回実行する範囲をどう組み合わせるかを考えていきましょう。
