株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

海外事業の状況が厳しくなり、経営会議で継続するか、縮小するか、撤退するかを比べる。売上や費用の資料はあるのに、どの案も「必要な人員を配置する」「顧客へ順次説明する」という一文で終わっていないでしょうか。
その人が実際に仕事を担えるか、顧客への約束を誰が引き受けるか、本社がどの支援を続けられるか。これらが未確認のままでは、数字の上で選んだ案を実行できない場合があります。
経営者には、過去にいくら投資したかに加え、これから何を得るために、誰のどの仕事を残すかを見ていただきたいと思います。財務・法務等の専門家と判断する材料へ、人と組織の実行条件も入れていきましょう。
過去の投資だけで、次の負担を決めない
進出に使った資金、立ち上げにかけた年月、担当者が築いた関係は、会社にとって重いものです。それらを軽く扱う必要はありません。ただ、取り戻したいという思いだけでは、次の投資や人の配置を選ぶ根拠として十分ではありません。
継続するなら、どの顧客のどの条件が改善し、事業を続けられる見通しへつながるかを示してください。縮小するなら、何を残すことで価値を保ち、何の負担を減らすかを具体化します。撤退するなら、取引、顧客対応、人員、資産などを、どのような条件で整理する必要があるかを確認します。
撤退を選ぶ可能性を検討することは、最初から失敗と決めることではありません。日本商工会議所の『海外展開支援ハンドブック』も、事業計画で撤退を含む複数のシナリオを用意し、判断の線引きを考えておくことを勧めています。
判断が必要になってから、続ける案だけを詳しくし、縮小・撤退を一行で置くのは避けたいところです。どの案にも、これからの費用と仕事があります。同じ期間で比べられるよう、専門担当と材料をそろえましょう。
選択肢へ、人と組織の条件を加える
損益や資金の見通しに加えて、次の表を使ってみてください。実際の金額や現地手続の判断は、財務・法務・人事等の担当者と確認したうえで置きます。
| 選択肢 | 人と組織で確かめたいこと | 見落としたくない負担 |
|---|---|---|
| 継続して改善する | 何を変えられる人が必要か。本人が引き受けられ、本社の支援も用意できるか | 現地の立て直しに使う本社の時間、既存事業への影響 |
| 事業を絞る | 残す顧客や提供範囲を、誰がどの体制で支えられるか | 残る仕事のための固定的な役割、対象を変える説明と移行 |
| 撤退を進める | 取引や人員等の整理を、誰が専門家と進め、いつまで運営するか | 終了までの顧客対応、情報管理、現地と本社の実務負荷 |
「本社から支援する」と書く場合は、部門名だけでなく、必要な経験、作業、期間を具体化してください。既存案件で埋まっている人を、配置できる前提へ入れないことが重要です。
また、現地責任者が退任するなら、その人が持つ顧客情報や判断の経緯を、どの段階まで引き継げるかも確認します。方針を決めるまで担当者を待たせ、決定後に短期間で全部を求めると、必要な情報を失うおそれがあります。
縮小案にも、継続する人の条件が残っていた
以下はGCIが作成した仮想例です。
海外で法人向けの保守サービスを提供する会社が、新規の拡大を続けるか、既存顧客へ絞るか、事業を終えるかを検討しています。現地の責任者は六週間後に退任する予定です。
経営会議には三つの案がありました。A案は、本社の専門担当を追加で入れ、新規顧客の開拓を続ける案。B案は、新規の拡大を止め、既存顧客への提供を中心にする案。C案は、事業を終えるための準備へ進む案です。
最初の資料では、A案に「本社が支援」、B案に「現地の残る二人で運営」、C案に「顧客へ説明して終了」と記載されていました。財務担当者は各案の見通しを作り始めていましたが、運営の条件は十分に確認されていませんでした。
ここで、後から新しい回答を足して判断を変える前に、いま分かっている情報を先にそろえます。A案では、必要な経験を持つ本社担当者は既存の顧客対応で予定が埋まり、支援を引き受けるには国内の担当を入れ替えるか別の人を確保する必要がありますが、その判断はまだ行われていません。B案では、現地の二人は既存顧客の日常的な連絡と通常作業を担えますが、例外の判断は六週間後に退任する責任者が担っています。外部の協力先候補はいるものの、担当できる範囲と必要な時点に対応できるかは未確認です。C案では、顧客との契約や対応を続ける範囲を専門担当が確認する必要があり、人員、拠点、取引先、情報の管理も残ります。退任後の実務担当が決まらないままでは終了方針を進められず、清算等の具体的な手続や従業員との合意の可否もまだ判断していません。
この時点で、ご自身が経営者なら、現時点で残す案、その理由、次に必要な確認を二文で書いて保存してください。複数案を残して構いません。一文目には、どの案を残すか、またはまだ外さないかと、その理由を書きます。二文目には、その案を次の比較に残せるかを左右する確認を書きます。ここでは新しい回答や観察を加えず、いま示した三案の情報だけで答えてください。
以下の三節では、初答の前に示した同じ情報を案ごとに分け、実行条件と人の引受けという理由を吟味します。新しい条件は加えません。
継続案は、必要な人を出せるかから見る
A案に必要なのは、本社の担当者が時々会議へ参加することではありません。現地で必要な専門判断を支え、顧客との新しい案件を進める仕事です。
本社の部門長へ確認すると、必要な経験を持つ担当者は、既存の顧客対応で予定が埋まっていました。支援を引き受けるには、国内の担当を入れ替えるか、別の人を確保する必要があります。その判断は、まだ行われていませんでした。
経営者は、「本社が支援する」という一文を、投入可能な体制として扱うのをやめました。どの仕事を動かせば人を出せるか、その影響と費用を含めて、継続案の条件へ戻しました。
縮小案は、残る二人が担う仕事を確かめる
B案では、現地の二人が、既存顧客の日常的な連絡と通常作業を担当していました。一方、例外の判断は、退任予定の責任者が担っていました。新規の営業を止めれば、すべての専門判断が不要になるわけではありません。
現地責任者は、継続する顧客への提供内容、通常の対応、例外時の判断を分けました。そのうえで、二人が担える仕事と、追加の専門支援が必要な仕事を示しました。
外部の協力先候補もいましたが、担当できる範囲や、必要な時点に対応できるかは未確認でした。候補名があるだけで、既存顧客を引き継げる体制としないことが重要です。
B案を検討するためには、現地二人の仕事を超える範囲へ、誰がどう対応するかを確かめる必要があると分かりました。縮小すれば人が要らなくなる、という単純な比較から一歩進んでいます。
撤退案も、決定した日に仕事がなくなるわけではない
C案では、顧客との契約や、対応を続ける必要のある範囲を、専門担当が確認する必要がありました。人員、拠点、取引先、情報の管理も、対象国と実際の条件に応じた確認が要ります。
ここで、現地責任者が退任した後の実務担当が誰かを置かないままでは、会社が決めた終了方針を進める人がいません。経営者は、本社で全体を受け持つ責任者と、現地の情報を引き継ぐ担当を、撤退案の準備に含めることにしました。
この段階では、清算等の具体的な手続や、従業員との合意の可否は判断していません。それぞれの専門担当へ、何をいつまでに確かめる必要があるかを整理しています。
六週間後に責任者が退任すること自体も、判断日の条件です。引継ぎに必要な期間はまだ分かっていないため、退任日をそのまま方針判断の期限にしないでください。何を誰へ引き継ぐか、その作業にどれだけ時間が要るかを確認し、必要なら判断日を前へ置ける余地を残します。これは新しい条件を加える話ではなく、最初から分かっていた六週間という期限を、実行と引継ぎの側から読み直す作業です。
ここまでで、初答を書いた後に新しい事実は足していません。最初に示した同じ三案の情報を、実行条件、人員、引継ぎ、判断日の観点から読み直しただけです。最初と同じ「現時点でどの案を残すか。その理由と、次に必要な確認は何か」という問いへ、もう一度二文で答えてください。結論を変える必要はありませんが、残す理由が「費用が低そう」「本社が支援する予定」だけで止まらず、その案を実行できる人と移行の条件まで含んでいるかを確かめます。
最初の二文と修正した二文を並べ、差を一つ説明してください。残す案が変わったなら、どの実行条件を見落としていたかを書きます。同じ案を残したなら、その判断を維持できた理由と、なお未確認の条件を一つ書いてください。ここまでの比較は、最初から提示されていた同じ情報だけで閉じます。
今日決めることと、追加確認後に決めることを分ける
ここから先は、新しい回答や経営判断が得られた後に比較資料を更新する段階です。先ほどの初答と修正再答の比較を終えてから、実際に確認できた内容だけを各案の条件へ足してください。
三案とも未確認事項があるからといって、何も決めず六週間を過ごすことはできません。この会議で経営者は、新規拡大の追加投資をその場では承認せず、現行の顧客への責任を確認しながら、三案を比較できる材料をそろえる担当を決めました。
次の判断へ進むには、各担当から確認事項の一覧を受け取るだけでなく、その結果で案をどう変えるかまで決める必要があります。A案は、本社の部門長に、国内側の仕事を移した後も双方の顧客対応を担えるかを返してもらいます。必要な体制を用意できるなら、担当者、使う期間、国内側への影響と費用を入れて比較します。用意できなければ、「本社が支援する」という前提を外し、別の人を確保する費用と時期を織り込んだ案へ直します。
B案は、現地責任者に、残る二人の通常対応と、追加で必要な例外判断を分けてもらいます。必要な時点に専門対応を引き受ける相手が決まれば、その支援の費用と連絡手順を加えて候補に残せます。決まらなければ、現在の提供範囲を二人へ移す案は承認できません。専門支援を加える案か、専門担当と顧客への責任を確認して提供範囲を変える案へ修正します。
C案は、顧客対応と必要な手続を終えるまでの担当、期間、資金を、財務・法務・人事等の専門担当と見積もります。六週間後の退任時点で仕事が残るなら、その後の担当を含めます。退任後に動く人がいないままでは、終了方針を決めても進められません。三案を同じ期間で並べ、将来の価値と費用に、実際の引受けが裏付けられているかを加えて判断しましょう。
経営者は、退任前の引継ぎ期間を残して、次に方針を判断する日を決めました。ご自身の案件でも、退任日をそのまま方針判断の期限にせず、現地責任者に、顧客対応の記録、例外判断の経緯、本社との連絡を引き継ぐ作業と必要期間を示してもらってください。例えば、引継ぎと次の担当者による確認に四週間を要する見積もりなら、この六週間のうち、二週間後までに担当と対象範囲を決める必要があります。そこへ三案の材料が間に合うよう、各担当と回答日を決めます。
その日までに全体方針を確定できない場合も、退任後に顧客対応を引き受ける暫定責任者、続ける仕事、その費用と次の判断日を決めてください。専門確認にさらに時間が必要なら、その理由と期間を比較資料へ戻します。未確認だから待つという説明で、引継ぎの時間まで失わないことが重要です。
この会議で三案の最終的な採否を確定したわけではありません。最初の比較案に足りなかった人の配置と移行の仕事を明らかにし、その準備を経営者が引き受けた段階です。次の会議では、集めた情報の量に加えて、各案の前提がどう変わり、どの案を選べる状態になったかを答えてもらいましょう。
数字が良く見える案でも、実行の前提へ戻る
追加の確認で、縮小案の費用が低く見えたとしても、必要な専門対応を外へ依頼する費用や、移管の負荷が抜けていないかを見てください。反対に、撤退案の一時的な負担が大きいからという理由だけで、継続を無期限に選ぶのも避けたいところです。
財務担当者には、各案を比較する期間と、残る負担の扱いをそろえてもらいます。現地責任者には、数字の前提になっている体制が実際に使えるかを確認してもらいます。別々の資料の中で、異なる人数や時期を仮定したまま判断しないことが重要です。
顧客や協力先の受け入れも必要です。社内で移管先を決めたからといって、顧客がその方法へ合意したとは限りません。専門担当と確認した手順に従い、誰へ何を説明し、どの返答が必要かを実行計画へ入れましょう。
選ぶ案が決まった後も、前提が大きく変われば再判断する必要があります。重要な協力先が引き受けられない、必要な人が配置できない、費用や期間が想定と違う。どの変化を経営側へ戻すかを、実行する人とそろえてください。
現地の人へ、決まっていないことを断定して伝えさせない
方針を検討している間、現地の担当者にも不安があります。ただ、情報を早く伝えるために、まだ決まっていない継続や配置を保証することはできません。
誰が、どの相手へ、何を伝えられるかを、経営側と専門担当で確認しましょう。決まったこと、確認中のこと、次に説明する時点を分けて、必要な人へ伝える準備をします。
現地責任者へ「うまく説明しておいて」と任せるだけでは、会社が引き受けるべき判断まで、その人へ残ってしまいます。本人が退任する場合は、なおさら、本社側の責任者が説明と実行へ関わる必要があります。
過去の投資を評価することと、これから働く人へ必要な条件を用意することは、別に取り組む仕事です。継続を選ぶ場合も、縮小・撤退を選ぶ場合も、その選択を担う人へ、実行できる条件を渡していきましょう。
三つの案へ、担当者の名前を置く前に
経営企画の方は、現在の比較資料に、必要な仕事、担う経験、使える時間、専門確認をそろえてください。人の名前があっても、本人や所属部門が引き受けられると確かめていなければ、その欄はまだ仮定です。経営者へは、その仮定が成立した場合に残す案と、成立しなければ作り直す案を分けて示しましょう。
方針を判断する日と、引継ぎを始める日も資料に入れます。判断日までに材料がそろわない案は、残る確認を誰がいつ終えるかに加え、その間の顧客対応を誰が担うかまで決める必要があります。数字の選択を実行する人へ渡すところまで、経営側の仕事です。難しい判断だからこそ、準備の不足を現場の努力へ押しつけず、会社として引き受けていきましょう。
海外事業の選択肢を、実行条件まで整理したい方へ
継続・縮小・撤退の比較資料に、人の引受けや本社支援の空欄が残る場合は、検討中の案をそのままお聞かせください。GCIの経営・組織コンサルティングでは、事業の前提と組織の運営を照らし、経営判断に必要な材料を整理します。財務・法務等の専門担当と役割を分けながら、いまの比較を実行できる案へ進めるために、何の支援が必要かをご相談いただけます。
参考資料
- 日本商工会議所『海外展開支援ハンドブック』(2024年2月発行、印刷7〜8ページ「海外戦略と事業計画」)。撤退を含む複数のシナリオと、判断基準を事前に用意する考え方を参照。確認日:2026年10月28日。
