株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

企業文化の説明会を開き、理念を日本語に訳し、全員へ共有した。それでも、本社から「日本チームは当事者意識が弱い」と言われる。日本側は「自分で決めろと言われても、決めれば本社から差し戻される」と感じている。双方の間で説明を重ねてきた日本責任者や人事担当者にとって、何を変えれば伝わるのかが見えないのは、もどかしい状況だと思います。
伝え方を見直す前に、その価値観に沿って動いた人が、実際に仕事を進められるかを確かめてください。自分で考えることを求めながら権限を渡していない。問題を早く共有してほしいと言いながら、報告した人を責めている。こうした食い違いがあるなら、社員へ同じ行動を求めるだけでは解消しません。日本責任者と人事担当者は、理念で求めたことと、報告を受けた管理職の対応を並べ、会社側が変えるべき点を確かめましょう。
本社の価値観を、日本の仕事で何を選び、何を相談し、何を評価するかへ落としていきましょう。文化を分かっているかと問うだけでなく、その文化に沿って働ける条件を経営側が整えることも重要です。
価値観の訳語がそろっても、判断はそろわない
「顧客を第一に」「自ら責任を持つ」「率直に議論する」。言葉には賛成できても、行動を一つに決めるのは簡単ではありません。
例えば、顧客から納期の短縮を求められたとき、要望を受けることが顧客第一なのか、実行できないと説明して代替案を出すことが顧客第一なのか。同じ理念から異なる行動が出る場合があります。
ここを、社員の理解不足だけで片付けないでください。理念が複数あるなら、何が衝突したとき、どのような情報を使って選ぶかまで話し合う必要があります。顧客への配慮と実行可能性、速度と品質、個人の裁量と全体の整合は、毎回同時に最大化できるとは限りません。
日本法人の責任者には、抽象語を具体例へ置き換え、本社へ確認する役割があります。「日本では難しい」で止めず、どの判断場面で指示が両立しないかを示しましょう。一方、本社側も、日本側へ理解を求めるだけでなく、自社が優先する基準と、例外を判断する人を明らかにしてほしいところです。
仮想例へ進む前に、自社で社員が問題を早めに報告した、反対意見を出した、あるいは権限外の判断を相談した場面を一つ思い出してください。その時点で管理職として実際に返した文、または今なら最初に返そうと考える文を、そのまま保存します。評価の場面なら、一文の評価コメントでも構いません。すでに分かっていた事実と社内の価値観だけを使い、後から分かった社員の反応や結果は足さないでください。
仮想例:早く問題を上げた人が、消極的だと扱われた
以下はGCIが作成した仮想例です。
ある海外企業は、日本法人へ「顧客の成功に責任を持ち、問題を早く共有する」という価値観を伝えていました。日本の営業担当は、顧客が希望する月末の導入日程を確認し、必要な技術作業の担当者が確保できていないことを営業責任者へ報告しました。
担当者は、日程を確約する前に、技術担当と実行条件を確認したいと考えていました。ところが、営業責任者は「できない理由から入るな。まず契約を取ることが大事だ」と返しました。月末の売上目標も迫っていました。
一方、技術担当の上司からは「営業が先に約束しても、その日程で対応できるとは限らない。追加の作業は本社の承認が必要だ」と伝えられました。営業担当に、作業を割り当てる権限はありません。
この状況で「もっと当事者意識を持って」と言っても、担当者は何をすべきか分かりません。問題を上げれば消極的だと扱われ、約束すれば他部門の未承認の仕事を引き受けることになるからです。
問題の中心は、理念の日本語訳ではありませんでした。顧客へ約束する条件、作業を決める権限、売上目標に対する上司の反応が、理念とつながっていなかったのです。
人を評価する前に、選べる行動を確かめる
この例では、まず営業責任者の返答と、報告後に判断を返す手順を変えることを勧めます。早期報告を求めながら、その報告を消極的だと扱った点が、既に表れているためです。営業担当だけに「どうすればよかったか」を答えさせず、関係する責任者が、現時点で選べる行動を整理してください。
営業担当は、顧客の希望日と、その日が必要な理由、最低限開始したい範囲を確認できます。技術担当は、必要な作業と所要時間、今の体制で対応できる範囲を示せます。本社の承認者は、優先順位を変えるか、追加の対応を認めるかを判断します。
そのうえで、営業責任者が顧客への提案をまとめます。作業枠と必要な承認がそろえば、その条件で開始範囲を提案する。今月の開始を確約できなければ、その事実を説明し、対象や日程を変えられるか相談する。この場面では、目先の契約を急ぐことより、実行できる条件で顧客へ答えることを優先する案です。日本責任者は本社の承認者ともこの基準をそろえ、営業担当へ未確認の作業を約束させないでください。
ここでの当事者意識を、「本人の権限外まで何とかすること」と定義しないでください。自分で確かめるべき点を確かめ、必要な相手へ具体的な判断を求め、回答がないまま顧客への約束を放置しない。その行動を求めるなら、承認する側にも、判断を引き受ける責任が生まれます。
理念を、仕事の中で使える文章へ変える
本社と日本側で共有する文章には、理念ごとに、どの判断場面で何を求めるかを書いてみましょう。社員の行動と、その行動を可能にする管理職の仕事を、同じ行に置きます。
| 価値観 | 今回の仕事で求める行動 | 経営・管理職側が整える条件 |
|---|---|---|
| 顧客の成功に責任を持つ | 希望日だけでなく、必要な成果と開始範囲を確認し、実行できる案を伝える | 未承認の日程を約束させない。条件の異なる案を比較できる情報を用意する |
| 問題を早く共有する | 支障、顧客への影響、既に確かめたこと、必要な判断を示す | 報告した人を先に責めず、誰がいつ判断するかを返す |
| 自ら考えて進める | 自分で決められる範囲では動き、範囲を超える選択肢は承認者へ相談する | 裁量の範囲を明示し、相談を受けた責任者が判断を宙に浮かせない |
| 率直に議論する | 目標への賛否だけでなく、成立しない条件と代替案を示す | 反対意見を忠誠心の欠如と扱わず、採否と理由を説明する |
自社で繰り返し起きる迷いを取り上げ、本社の価値観に照らして具体化してください。同じ場面で理念が衝突するなら、何を優先し、例外を誰が判断するかまで、本社と日本側でそろえましょう。
文章を作った後には、「この場面で実際に動けるか」を確認しましょう。権限がない人へ判断を求めていないか、承認者が不在の時間に顧客への返答が必要にならないか。運用に合わない基準は、社員が覚える前に見直す必要があります。
ここで、先ほど保存した管理職の返答文または評価文へ戻ります。同じ事実と同じ価値観だけで、社員が担う確認、管理職が引き受ける判断、次に返す時点が分かるように書き直してください。結果が悪かったという理由だけで行動全体を否定していないか、問題を早く上げたことを評価しながら、その後に本人が担う仕事を曖昧にしていないかも理由として点検します。
初稿と改稿を並べると、理念を言い直しただけなのか、社員と管理職の責任を分けた返答へ変わったのかが分かります。この比較を閉じてから、社員の次の反応や次案件の観察を加え、必要なら評価の扱いを見直してください。
評価と上司の反応が、別の行動を求めていないか
価値観に沿った行動を定めても、売上の結果だけで評価し、無理な約束をした経緯を扱わなければ、同じことが起こる可能性があります。
ただし、だからといって、問題を早く上げれば結果を問わない制度にすればよいわけではありません。報告した後、自分が担える確認を行ったか。必要な人へ判断を求めたか。顧客へ説明する段取りを進めたか。結果と、その過程で本人が担った仕事を、両方振り返ることが重要です。
営業責任者が最初の報告へ答え直すなら、次のような返答を勧めます。
「日程を約束する前に、担当者が確保できていないと共有してくれて助かりました。顧客が月末までに始めたい業務と、その理由を確認してください。私は技術責任者と本社の承認者へ、作業枠の判断を求めます。顧客と次の返答日を相談し、それに間に合うよう社内の回答期限を決めましょう。返答するときに、約束できる範囲を一緒にそろえます」
早期報告を認めても、担当者の仕事はそこで終わりません。一方、上司も「確認しておいて」と任せるだけでは済みません。本人に顧客条件の確認を求め、管理職が配分と承認を引き受ける。この分担を返答の中に置くことが、理念を行動へ移す第一歩です。
次の案件振り返りでは、日本責任者と人事担当者が、報告した時点、顧客に確認した内容、判断を依頼した相手と日、管理職からの回答、顧客への説明を記録で追ってください。評価の場であれば、「確約前に担当未確保を共有した点は、求めていた早期報告として評価します。顧客の開始条件を確認し、返答するところまで進められたかは、その記録を一緒に見ましょう」と分けて話す案が考えられます。
営業責任者については、作業枠の判断を誰へ求め、合意した回答期限を守ったかを確認します。判断が間に合わなかったなら、上位の承認者へ何を求めたか、顧客へ未決の内容と次の回答予定を返したかまで見てください。売上の結果と、担当者・管理職それぞれの行動を並べれば、次に直す仕事を誰が引き受けるかを具体的に話せます。
担当者だけが理念に沿って評価され、管理職は売上だけを求められる状態では、食い違いが残ります。日本側と本社側で、各責任者に求める行動と、評価の際に見る事実をそろえていきましょう。
日本の事情に合わせることと、判断基準を変えることを分ける
本社から「日本だけ特別扱いになるのではないか」と懸念されることもあるでしょう。その場合は、変えたいものを分けて説明してください。
例えば、顧客との調整に使う言語、会議の時間帯、承認までにそろえる資料の形式は、仕事を進める方法です。一方、未確認の作業を顧客へ確約しない、問題を隠さない、最終的な判断者を明らかにする、といった基準まで曖昧にする必要はありません。
本社と共通に保つ基準、日本の業務に合わせる方法、本社側の制度も変える必要がある点。この三つを、実際の案件ごとに話し合っていきましょう。国民性で説明を終えず、どの仕事の、どの条件が違うかを示すことで、相手も検討しやすくなります。
反対に、本社の制度があるという理由で、日本での運用をそのまま決めてよいとは限りません。人事制度や就業上の扱いを変える場合は、担当する人事や必要な専門家と、現行の制度・条件を確認してください。理念の共有だけで制度変更まで済ませたことにしないようにしましょう。
浸透したかは、次の判断で確かめる
説明会の出席率や理念の認知だけでは、今回の仕事が変わったかは分かりません。次に似た判断が起きたとき、何が行われたかを確かめてください。
日本責任者は、次の案件振り返りで、直近の納期相談を数件取り上げてみてください。人事担当者と、顧客への確約前に条件を確認したか、相談を受けた責任者が判断を返したか、顧客へ実行できる案を示したかを追います。「主体性が足りない」とまとめず、できた行動と止まった行動を分けて記録しましょう。
報告後の判断が止まったなら、承認者と回答期限・判断材料を見直す。判断は返ったのに顧客への説明が進まなかったなら、営業責任者が担当者と説明内容を整える。行動はそろったのに評価が売上だけで決まっているなら、人事担当者と管理職が、過程で担った仕事を評価にどう扱うかを検討します。数件で確かめられるのは、その場面の行動と残る条件までですが、次に誰が何を変えるかは選べます。必要な変更を行い、同じ種類の判断で確かめていきましょう。
最初から全理念、全部門を対象にしなくても構いません。まず、社員と管理職が繰り返し迷っている一場面を選んでください。本社と日本側が一緒に基準を決め、必要な権限と対応を整え、実際の仕事で振り返る。その積み重ねで、理念を社員だけへ求める言葉から、経営側も引き受ける約束へ変えていきましょう。
GCIと、企業文化が仕事に表れる条件を整える
日本責任者だけでは、営業目標と人事評価、本社の承認条件を一緒に変えにくいこともあるでしょう。ご相談の際は、社員に求めている行動と、その行動を取ったときの管理職の対応が食い違った場面をお聞かせください。理念の文面を完成させてからでなくても構いません。
GCIの経営・組織コンサルティングでは、役割・権限、評価、現場の運営を照らし合わせ、必要な設計と改善を支援します。関係する責任者と何を確かめる必要があるか、企業向け相談フォームからご相談ください。
