株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

日本で大事な顧客を獲得するために、標準のサービスにない作業を引き受ける。最初の一社なら対応できそうでも、契約後、毎週の仕事として残る負担まで見ているでしょうか。
個別対応を一律に避ける必要はありません。顧客が必要とする価値を知り、後の顧客にも使える提供方法を作る機会になる場合があります。ただし、受注時に一度頑張る仕事と、契約が続く限り毎回行う仕事を混ぜると、売上が増えても、日本側の人員が埋まってしまいます。
営業側には、顧客がなぜその対応を必要とするかを確かめていただきたいと思います。日本の責任者と本社側には、その約束を誰が、どの時間と費用で続けるかまで判断してほしいところです。受注の可能性と、提供を続けられる条件を、一緒に比べていきましょう。
個別対応を、初回と毎回の仕事へ分ける
顧客から独自のレポートを求められたとします。「帳票を一つ用意するだけ」と考えても、必要な仕事は初回の作成だけとは限りません。
元の情報を集める、内容を確認する、形式を整える、顧客の質問に答える。顧客側の定義や担当者が変われば、修正も必要になるかもしれません。提供するものの名前から作業量を判断せず、実際の仕事へ分解してください。
同じ内容を他社にも使える可能性は、別に確かめましょう。似た要望があることと、同じ手順や形式で提供できることは違います。顧客ごとに確認や作り直しが必要なら、共通機能を作ったようには扱えません。
逆に、初期の整理によって、毎回の作業を小さくできる場合もあります。ただし、自動化できるはず、他社にも売れるはず、という期待だけで、現在必要な人の仕事を消さないことが重要です。
仮想例の計算を見る前に、いま顧客から求められている個別対応を一つ選び、「受注条件書」の初稿を作ってください。すでに分かっている価格、開始希望、約束しようとしている提供範囲、初回に必要な仕事、継続して残る仕事、顧客がその対応を使う場面を書きます。分からない工数や承認は推測せず、未確認として残してください。まず、現時点で何を顧客へ約束できると考えているかを保存します。
仮想例:年額三百万円の契約へ、毎週の独自レポートを加える
以下はGCIが作成した仮想例です。
海外企業が、日本の顧客へ年額三百万円の業務支援サービスを提案しています。標準の提供には、毎週二時間の運営作業が必要と見積もっています。顧客から追加されたのは、毎週の会議で使う、独自形式のレポートでした。
日本側で確認したところ、このレポートには毎週六時間、初期の項目整理と確認には四十時間が必要という見積もりになりました。顧客は四週間後の開始を希望しています。標準部分も含め、契約価格は三百万円のままで相談が進んでいました。
この例では、開始前四週間の準備と、開始後五十二週間の提供を比較対象にします。金額は消費税を含めずにそろえ、作業費の比較には一時間六千円を使います。作業時間は見積もり、六千円は社内比較用の単価として扱います。
年間の継続作業は、標準二時間と追加六時間で、週八時間。五十二週では四百十六時間です。初期四十時間を加えると、初年度は四百五十六時間になります。
四百五十六時間に六千円を掛けると、二百七十三万六千円です。契約額三百万円との差は二十六万四千円ですが、これを利益と呼んではいけません。この計算には、システム費、販売費、その他の費用などを含めていないためです。初年度と翌年度以降の違いも、分けて考える必要があります。
営業担当は三百万円の契約を見ていましたが、提供側は、毎週八時間と初期四十時間の仕事を引き受ける相談だったのです。
年間の費用だけでなく、開始時点に人がいるかを見る
この企業が新しい顧客へ使えるのは、既存業務を除き、開始前の四週間は週六時間、開始後は週十時間の枠です。開始前は、別の顧客の導入作業が残っているため、使える時間が少なくなっています。
開始後の継続作業だけなら週八時間で、十時間の枠に収まるように見えます。しかし、開始前に初期四十時間を終えるには、四週間で平均週十時間が必要です。使えるのは週六時間、合計二十四時間のため、十六時間が不足します。現在の枠だけでは、希望日までの準備に足りません。
この計算は、作業を均等に配れるとした粗い確認にすぎません。それでも、「年間では担当できる」ことと、「希望日までに準備し、開始できる」ことが違うと分かります。
本社が「日本側で対応してほしい」と言っても、その時間をどこから確保するかが決まらなければ、提供条件はそろいません。追加の担当を確保する、既存業務を移す、開始範囲や日程を変えるなど、具体的な変更を比べる必要があります。
契約を取ってから調整すればよい、と先送りしないでください。顧客へ約束する前に、提供に責任を持つ人と確認することが重要です。
ここで新しい顧客回答や新しい人員承認を足す前に、先ほどの受注条件書へ戻ります。同じ既存情報だけで、現時点で約束できる条件、社内確認がそろえば約束できる条件、今は約束しない条件を分けて書き直してください。価格だけでなく、開始日、初期作業、継続作業、顧客の用途が一つの条件としてつながっているかを点検します。
初稿と改稿を並べ、「受注したいので対応する」という説明から、どの条件なら続けて提供できるかという条件書へ変わったかを比べてください。ここで作るのは経験談ではなく、顧客へ返す受注条件です。この比較が終わってから、顧客の追加回答、担当体制、価格承認など、新しく得る情報で条件書を更新します。
安い対応案が、顧客に必要な価値を残しているか
日本側は、標準の情報を使う月次レポートへ変える案も考えました。この案なら、初期の作業は十六時間、追加作業は月二時間という見積もりです。
年間の標準作業は百四時間、月次の追加作業は二十四時間、初期十六時間を合わせると百四十四時間です。同じ六千円で比べる作業費は八十六万四千円となります。ただし、費用が小さいから、この案を採るとは決められません。
| 比べる点 | 毎週の独自レポート | 標準情報を使う月次レポート |
|---|---|---|
| 初期作業の見積もり | 40時間 | 16時間 |
| 標準部分を含む初年度の作業量 | 456時間 | 144時間 |
| 社内比較用の単価で見た作業費 | 273万6千円 | 86万4千円 |
| 顧客が使いたい場面 | 毎週の会議で使う希望に沿う可能性がある | 月次では毎週の会議に必要な情報を満たさない可能性がある |
| 追加で判断すること | 開始前の人員、継続負荷、価格と提供範囲 | 顧客が頻度と内容の違いを受け入れられるか |
顧客へ確認すると、月次では毎週の会議に間に合わず、希望する用途を満たさないと分かりました。この情報を受けた後も、社内の都合だけで月次案を推すのは避けたいところです。
顧客の必要性を認めたうえで、その条件を提供できる体制と価格を考えるか、提供できないと伝える必要があります。代替案を出したことだけで、顧客の問題を解いたことにはなりません。
受注する条件と、現時点で約束しない条件を決める
この例では、年額三百万円、四週間後の開始、毎週の独自レポートを、現在の担当枠のまますべて引き受ける案は、そのまま約束しない判断が必要です。
その後の相談には、いくつかの方向があります。初期作業を担える追加の人を確保し、その費用を含めた条件を提案する。顧客と提供内容や開始までの段階を調整する。本社が支援する範囲を明らかにし、日本側へ残る作業を見積もり直す。どの方法も、実際に人や条件がそろうかを確かめてから判断します。
価格を上げれば、時間の不足が自動的に解消するわけではありません。反対に、人が手配できても、価格に対して継続できる提供かは別に判断する必要があります。費用と体制を一緒に見てください。
また、戦略的に重要な一社として、通常と異なる条件を認める場合もあるでしょう。その場合は、何を学ぶために、どこまでの負担を、誰が認めるかを明確にします。特例の期間、見直す時点、継続を判断する材料を残し、「重要顧客だから」で無期限にしないことが大切です。
例えば、特例を次回の契約更新までとするなら、日本責任者は更新条件を顧客へ提示する前に、提供責任者から実際に要した作業と残る個別対応を受け取ります。翌年度については、初期四十時間を除き、継続作業の時間と費用を計算し直してください。毎週八時間の見積もりを超え、その負担を価格や範囲に反映できないなら、特例の自動継続は選ばず、条件変更か特例の終了を承認者へ提案します。顧客の週次用途を守って続けられる条件が整えば、その条件で更新を相談しましょう。
再利用できる期待を、今回の収益の根拠へ混ぜない
本社が「同じレポートを他国へも売れるなら、先行投資になる」と考える可能性もあります。その検討自体には意味があります。
ただ、今の段階では、同じ情報を必要とする顧客がいるか、同じ形式で使えるか、その顧客が費用を払うかは分かりません。まだ確かめていない将来の収益で、今回の提供負担を正当化しないでください。
再利用を検討するなら、顧客固有の項目と共通に使える部分を分け、他の顧客へ確認する範囲を決めましょう。その際、今回の顧客の情報や独自の内容を、そのまま別顧客へ渡してよいわけではありません。利用・共有の条件を担当者と確認する必要があります。
共通化の見込みが外れた場合にも、この一社への約束を続けられるかを見てください。将来の成功を前提にしないと成立しないなら、その前提を経営側へ明示したうえで判断してもらいましょう。
顧客へは、社内の負担だけでなく実行できる条件を伝える
「当社が忙しいので対応できません」だけでは、顧客は次の判断をしにくくなります。何が必要な対応で、どの条件を確かめているかを説明しましょう。
この例では、日本責任者が提供部門長と、開始前に不足する十六時間を誰が担えるか、開始後の毎週八時間を継続できるかを確認します。担当者の技能と予定、追加費用をそろえてから、価格の承認者へ条件変更を求めます。営業担当は顧客と回答日を相談し、日本責任者はその日から逆算して、体制の確認と価格の承認を進めてください。
その間に顧客へ伝える説明案は、次のようになります。
毎週の会議で使う必要性は理解しました。標準提供に加え、初期の項目整理と毎週のレポート作成が必要です。四週間後に開始できる担当体制と、追加範囲を含む価格を確認し、合意した回答日までに条件をご提示します。現在の体制では開始前の準備時間が足りず、今の段階で開始日と現価格での対応を確約することはできません。
担当体制と価格の承認がそろえば、営業担当は、開始日・レポートの範囲・価格を一つの条件書にまとめて提示します。顧客がその条件を受け入れたら、提供責任者が準備の作業を割り当てます。承認した範囲と顧客の合意内容を同じ条件書で確認し、現場へ渡す仕事をそろえてください。
必要な体制や価格が成立しない場合は、営業担当が希望条件では引き受けられない理由と、変更できる範囲を伝えます。顧客の週次用途を満たす案が残らなければ、月次案へ無理に誘導せず、別の方法を選べるようにしてください。すでに契約がある場合の変更は、契約を扱う担当者と必要な確認を進めます。
個別対応を減らすこと自体が目的ではありません。必要な価値を届け、その約束を続けられる事業にすることが大切です。保留中の要望があれば、営業担当は顧客の用途を、提供責任者は初回と毎回の作業を持ち寄ってください。日本責任者が価格・開始日・担当体制を照らし、次に顧客へ返す条件を一つにまとめます。現場へ無理を頼む前に、経営側がどの条件を変えるかを引き受けましょう。
GCIと、個別対応を続けられる事業の条件を考える
GCIの経営・組織コンサルティングでは、提供価値、価格、収益の前提と、役割・人員・日々の運営をつなげて検討します。日本の顧客への約束が現場の負担として積み上がっている場合は、対応の範囲と続ける条件を一緒に見直していきましょう。
支援内容は経営・組織コンサルティングの案内をご覧ください。ご相談の際は、追加を求められている作業、顧客の希望日、社内で決めきれていない条件を企業向け相談フォームからお知らせください。
