株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

採りたい専門人材の希望額が、同じ等級の既存社員より高い。社内の水準へ合わせると採用が進まず、候補者へ合わせると、社員にどう説明すればよいか分からない。
「市場が違うから仕方ない」で終わらせるのも、「社内より高くできない」で話を閉じるのも、苦しい判断になると思います。まず、比べている仕事と、報酬の定義をそろえましょう。
外部で必要とされる条件を確かめながら、会社の中でも、何の役割と責任へ報いるのかを説明できるようにする。採用条件は、その両方から考える必要があります。役割と市場の事情、継続できる予算、既存社員の処遇を見直す段取りがそろえば、例外を認める案を決裁へ出せます。そろわない場合は、仕事を組み替えても目的を果たせるか、それが難しければ提示を保留するかを、経営側で選びましょう。
市場の数字を、自社の上限や正解へ直結させない
給与調査を使う際は、どの地域、職務、経験、時期、報酬の範囲を扱っているかを確認してください。基本給を示す調査と、賞与を含む年収を、そのまま比べないようにします。
たとえば、ロバート・ハーフの2026年版年収ガイドは、同社の紹介を通じた入社時の報酬を基にし、賞与や福利厚生を金額へ含めないことなどを説明しています。
こうした資料は、外部の条件を知る材料になります。ただし、掲載された職種名が同じでも、自社が任せる仕事と一致するとは限りません。また、一つの紹介会社が扱う採用の情報を、すべての在籍社員の給与分布と同じには扱えません。
相場を調べる際も、数字を抜き出す前に、何の比較へ使える資料かを見ていきましょう。
ここまで読んだ時点で、自社の採用案件について、候補者の希望に合わせて例外提示するのか、役割を組み替えて探し直すのか、提示を保留するのか、現時点で勧める案と理由を一、二文で決裁メモに残してください。役割や市場資料をまだ照合できていなくても構いません。後で同じメモへ戻り、何の回答で理由が変わったかを確かめます。
新しく採る人だけ、責任が広いと思っていた
以下はGCIが作成した仮想例です。
ある企業は、データ分析の専門人材を採用しようとしていました。候補者が希望する年間の基本給は1,000万円で、社内の同じ等級には、基本給800万円の担当者Aさんがいました。
経営者は、新しく採る人には複数部門の数字の意味をそろえ、経営の判断へ使う分析を任せるため、例外的に高くしてもよいと考えました。Aさんは、定例の集計をする人だと思っていました。
ところが、実際の仕事を確認すると、Aさんも、部門ごとに違う数字の定義を整理し、責任者と確認していました。過去の職務記述には、その仕事が反映されていませんでした。
この状況で、新任者だけに広い責任があると説明すれば、実態と違います。候補者の条件を決める前に、現在の役割の把握を直す必要がありました。
肩書が同じでも、違っても、任せる仕事を比べる
社内の公平性を考える際は、役職名だけで判断しないことが重要です。少なくとも、次の内容を確認しましょう。
| 比較するもの | 確かめたい内容 |
|---|---|
| 任務の対象 | 一部門か、複数部門か。どの仕事を変える責任か |
| 判断の範囲 | 分析案の作成、関係者との合意、最終判断のどこを担うか |
| 必要な専門性 | 入社時から必要な経験と、支援を受けながら学ぶ範囲 |
| 成果の期待 | 何を材料として、いつ振り返るか |
| 会社が提供する条件 | 人、情報、時間、予算の支援 |
仮想例では、Aさんと新任者へ求める仕事の一部が重なっていました。ただし、それだけで、二人の役割が完全に同じとも、希望額をそのまま全員へ適用すべきとも決まりません。
違いがあるなら、その内容を確認します。違いがないのに、採用のためだけに職務を大きく説明することは避けてください。
「社内の水準」を守る前に、その水準を見直す必要はないか
既存の給与水準は、会社の判断を支える材料です。一方、過去の仕事を前提にしたままなら、現在の責任や市場の変化と合っていない可能性もあります。
この企業の人事責任者は、まずAさんと事業責任者に担当範囲を確認し、職務記述を実態へ合わせることにしました。その記録を使い、同じ等級で期待している責任を報酬の担当者と確かめます。Aさんの個人給与は社内の検討に必要な範囲で扱い、候補者への説明には持ち込みません。
そのうえで、採用する役割をどう位置づけるか、社内の役割や報酬を見直す必要があるか、予算を含めて検討します。新しい人の報酬だけを動かし、同じ仕事を既に担う人の問題を放置しないことが大切です。
この時点では、Aさんの昇給も、候補者への1,000万円の提示も未決です。役割の誤認を直したことを、報酬の結論まで出たことにしないようにしましょう。人事責任者が次に用意するのは、その確認を踏まえて経営者が選べる案です。
差を設けるなら、理由と見直す条件を確認する
専門性や任務の違いがあれば、その違いへ報いる案を検討します。役割と責任を比べても差が小さい一方、必要な経験を持つ人を採るには、提示条件を変える必要があると判断する場合もあるでしょう。そのときは職務を大きく書き換えず、市場の事情を理由に例外を設けるかを、会社の判断として扱います。
人事責任者は、参照した市場資料の対象と時点、必要な専門性、現在の条件で採用を進めた記録をそろえてください。希望額が高いという一人の話だけで市場全体の価格を決めず、その職務の採用で何が条件になっているかを見ます。同時に、同じ責任を担う既存社員について、何を、誰が、いつ見直すかも決裁案へ含めましょう。
「今回は採れないから」で毎回例外を増やすと、社内に説明できる基準が残りません。対象とする職務や経験、例外を判断する人、見直す時期を決め、同じ事情の採用を続けた場合の総人件費まで確かめます。急ぐ一件への提示と、会社として続ける報酬の運用を、経営者が一緒に引き受けることが重要です。
一時的な支給と継続する基本給を、同じものとして扱わないことも必要です。支給する条件や時期、終了や見直しの扱いは、実際の制度と書面で確認してください。
報酬制度の変更や個別の提示には、労務・法務・報酬の担当者などによる確認が必要になる場合があります。社内説明のメモを作っただけで、制度や契約上の確認が終わったことにはしません。
条件が合わないときは、役割と探索も見直す
検討しても、必要な報酬を用意できない場合があります。そのとき、曖昧な将来の昇給や昇進を約束して、差を埋めないようにしましょう。
本当に入社時から必要な経験は何か、初期に任せる仕事を絞れるか、社内で支援を用意して育てる選択があるかを考えます。逆に、支援できない重要な経験まで外して、低い条件で何とか採ろうとするのも避けたいところです。
仕事を絞る案を選ぶなら、外した仕事を誰が担うのかまで確認してください。既存社員の予定が埋まっているのに、その人へ残りを戻すだけでは、採用で解きたかった不足が残ります。必要な任務を減らせず、継続して払える予算も整わないなら、今回の提示を保留し、予算や事業の優先順位を見直す理由になります。
保留する場合も、候補者を期限なく待たせないことが大切です。採用担当は、会社が何を確認しているか、いつ答えを返せるかを本人へ伝えます。その日までに決められない場合は、会社側から見通しを連絡してください。候補者が別の選択肢へ進むことも含め、本人の判断時間を尊重しましょう。
三案を比べ、今回は例外提示の方針を選ぶ
この会社の人事責任者は、候補者の希望する年基本給1,000万円を例外として提示する案、任務を絞って会社が用意できる条件で探し直す案、提示を保留する案を持ち寄りました。結論を急ぐ前に、事業責任者、採用担当、財務担当から、それぞれの案が成り立つかを確認しました。
事業責任者からは、新任者へ求める任務と判断の範囲は、Aさんが既に担う仕事と大きく変わらないという回答がありました。ただし、Aさんの時間は既存の担当で埋まっており、追加の部門まで引き受ける余力はありません。任務を定例集計だけへ絞って採用すると、今回必要な部門間の定義整理が残ります。このため、役割を狭めて探し直す案は選びませんでした。
採用担当は、必要な経験を候補者に確認した選考記録と、現在の条件では必要な経験を持つ人との条件調整が進んでいない募集記録を示しました。財務担当は、1,000万円で採用する費用と、既存社員の処遇見直しに備える費用枠を合わせても、継続予算の中で扱えると回答しました。希望額だけでは出せなかった提示案に、必要な仕事、採用の状況、会社が負担できる条件がそろいました。
人事責任者は、既存社員の仕事を今月末までに確認し、翌月の人事会議へ処遇の対応案を出す段取りも添えて、例外提示の方針を経営者へ提案しました。経営者は、必要な任務を残して採用を進められ、継続予算も確保できることから、この方針と既存社員の見直し着手を承認しました。提示を保留する案は、今回は採りませんでした。
承認したのは、この採用で年基本給1,000万円を提示する方針と、社内の見直しを進めることです。Aさんの昇給額は、役割と制度を確かめた後に決めます。経営者は、正式な条件書面を候補者へ渡す前に、社内の報酬・労務担当者へ確認を依頼するよう、採用担当へ指示しました。
ご自身の会社で同じ案を選ぶ必要はありません。継続予算が不足していれば保留の理由になりますし、任務を絞っても事業上の課題を解けるなら再設計が候補になります。ここで、例を見る前に残した決裁メモへ戻ってください。候補者に必要な仕事、既存社員との役割差、採用の状況、継続予算と社内見直しの段取りを、実際に確認できた範囲だけ反映して、同じ三案から勧める案と理由を書き直します。初稿と並べ、何の回答で案を維持したのか、または変えたのかを確かめてください。条件が変わったときにも、その差から選び直せます。
候補者への説明を、実際の条件とそろえる
提示額だけでなく、報酬に含むもの、条件によって変わるもの、任される仕事を、適切な書面と説明でそろえます。
外部調査の年収レンジや、会社が置いた目標達成時の金額を、確定した給与として伝えないでください。本人にも、何が決まっていて、何を確認すべきかが分かる状態で検討してもらいます。
この例の1,000万円は、出発点では候補者の希望でした。社内で検討し、経営者が同額を提示する方針を承認した後も、正式な条件書面の確認は残っています。採用担当は、その状態と、本人と合意した三営業日後の回答予定を伝えました。
「ご希望の年基本給1,000万円を前提とする提示案を、社内で承認しました。正式な雇用条件の書面は、必要な社内確認を経てお渡しします。お約束した三営業日後までに書面をご案内する予定です。確認が長引く場合も、その日までに状況をお伝えします。ご検討の日程でご事情があれば、お知らせください。」
会社の承認、正式な提示、本人の承諾は、それぞれ違う段階です。提示した書面を本人が確認できる時間を取り、残る疑問には採用担当から回答する。そのやり取りまで含めて条件を伝えていきましょう。
採用をきっかけに、仕事と報酬の説明を整える
外部の人を採ろうとして、社内の役割の変化に初めて気づくことがあります。面倒な問題が増えたと感じるかもしれません。でも、既存社員の仕事を正しく捉え直す機会にもできます。
次の提示を決める経営会議では、候補者の希望額、同じ基準で見た市場資料、実際の社内の役割を持ち寄りましょう。人事責任者は、その材料から勧める案と、ほかの案を採らない理由を一つずつ書いてください。経営者には、金額だけでなく、継続予算と既存社員への対応を判断してもらいます。
候補者へ返す日までに何を決め、社内で誰の仕事を見直すか。そこまで決まれば、難しい報酬の議論も、担当者が次に動ける仕事になります。採用の急ぎを人事だけに背負わせず、会社として説明し、続けられる条件へ整えていきましょう。
採用コンサルティングで、役割と提示条件を整理する
採用したい仕事は明確でも、提示条件と社内の役割の関係で判断が止まることがあります。GCIの採用コンサルティングでは、必要な人材像と採用条件を整理し、組織や制度の見直しが必要な論点も確かめます。制度・契約の専門確認は、社内の報酬・労務担当者や必要な専門家へ確認する事項として分けて扱います。
企業向け相談フォームには、採用したい役割と、提示に向けて決めきれないことをお知らせください。個人の給与情報は、共有の必要性と範囲を確認してから扱います。調査・診断が必要な場合は、対象・成果物・費用を合意のうえで開始します。
参考資料
Robert Half日本「2026年版 年収ガイド」の方法説明・FAQを参照しました。採用したのは、入社時給与の対象と、賞与・福利厚生を金額に含めないという定義です。資料およびGCIのサービス情報の確認日:2026年10月28日。
