BUSINESS JOURNAL

次世代の事業責任者に、数字を読むだけでなく判断する力を育てる

株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一

最終更新:2026年10月29日。本文・参考資料は更新日時点の情報です。

次世代の事業責任者に、数字を読むだけでなく判断する力を育てる

売上や利益の数字は説明できる。しかし、「では、次にどの仕事を引き受けるか」と聞くと、答えが出ない。事業責任者の候補を育てる際、そうした場面はないでしょうか。

数字を読むところまで学んできたことは、判断の土台になります。経営者や人材開発の皆さんには、その知識を使い、顧客が必要とすること、提供できる量、追加費用、今の仕事への影響を比べる機会を用意していただきたいと思います。

計算が合っているかを確かめたら、もう一歩進めましょう。候補者に一案を勧めてもらい、確認した条件が変わったところで答え直してもらう。何を約束し、何を確かめるまで約束しないかを、自分の理由で説明する練習です。情報が不足するたびに判断を止めるのでも、都合のよい数字で埋めるのでもなく、次に進める仕事を選べるようにしていきましょう。

損益の説明と、選択肢の比較を分ける

過去の利益が増減した理由を説明することと、これから条件が変わる仕事を選ぶことは、別の練習です。追加受注の売上だけでなく、追加で必要な費用と、その仕事を実行できる条件を確かめます。既存の仕事から人員や時間を移すなら、そちらへの影響も見てください。

中小機構J-Net21の損益分岐点の解説では、売上に応じて変わる費用と固定費を分け、売上から変動費を引いた限界利益を扱っています。実際の費用区分は、会社の実態に合わせて確認する必要があります。

育成の題材でも、数字の期間、単位、費用に含めた範囲をそろえましょう。人事・育成担当者が演習を進め、事業責任者と経理・財務が数字と実行条件を確認する分担が考えられます。異なる期間や、費用の重複・抜けがある表から、もっともらしい結論を選ばせないことが重要です。

売上は増えるが、そのまま受ける条件はそろっていない

以下はGCIが作成した仮想例です。

法人向けの運営業務を請け負う会社で、事業責任者候補が追加の依頼を検討しています。顧客は、翌月から月20件の追加対応を希望しています。

既存業務の月間売上は1,000万円、件数に応じて生じる変動費は600万円、固定費は300万円とします。この範囲の月間利益は、1,000−600−300=100万円です。税金や資金の出入りなどを含む、事業全体の損益・資金繰りの表ではありません。

追加20件は一件10万円で、月間売上は200万円。対応に直接必要な変動費は一件6万円、計120万円です。さらに、20件全体を引き受ける場合の専任の調整体制に、月80万円が必要と見積もられています。この80万円は、120万円に含めていません。

現在確認できている作業余力は、同じ作業条件で月15件分です。調整体制を追加するだけで、残る5件分の作業量まで確保できるかは、まだ分かっていません。

候補者は計算を終えました。育成担当者は、そこで「受けますか」と問いかけます。ご自身なら、何を理由にどの案を勧めるでしょうか。

0万円は、計算に含めた範囲の答え

20件を受ける場合の追加分を、月間の金額で並べます。

項目 月間の追加分
売上:20件×一件10万円 200万円
直接の変動費:20件×一件6万円 120万円
売上から変動費を引いた額 80万円
別に見積もった専任の調整体制費 80万円
記載した費用だけで残る額(不足する月5件分の作業能力の確保条件は未反映) 0万円

売上200万円から、変動費120万円と調整体制費80万円を引くと、残る額は0万円です。この0万円を、必要な作業能力を確保した後の確定した利益として説明しないでください。運営責任者は不足する5件分をどう確保するかを調べ、経理・財務と、どの費用が既存の見積もりに含まれるか、何が別に必要かを確かめます。

ここで、数字を読み切ることと、依頼を判断することがつながります。「顧客との関係が大切だから受ける」と答えるなら、会社が何を負担する判断かまで説明が要ります。「残る額が0万円だから断る」と答えるなら、価格や実施条件を変える余地をなぜ調べないのかが残ります。

候補者には、継続取引への意味、条件を変える余地、既存業務への影響も挙げてもらいましょう。ただし、将来の取引拡大を、まだない売上として今回の表へ足してはいけません。期待する意味と、計算に入れられる条件を分ける必要があります。

少量開始を先に調べる理由を話す

選択肢には、依頼どおり月20件を受ける案、件数や開始時期を相談する案、今回は見送る案があります。候補者は、月10件から始める案を先に調べたいと考えました。

10件なら、確認できている15件分の余力には収まるように見えます。とはいえ、20件の場合の調整体制費80万円が、10件なら自動的に40万円になるわけではありません。必要な体制や作業は、件数に比例しない場合があります。顧客が10件での開始を受け入れるかも未確認です。

育成担当者が「なぜ、その案から調べるのですか」と聞くと、候補者はこう答えました。

今の条件のまま20件を引き受ける約束は勧めません。記載された追加費用までで残る額が0万円になり、作業能力も5件分不足しているためです。まず、顧客へ、月10件から始めるか、開始時期をずらせるかを相談したいです。既存の余力で対応できる範囲を起点にすれば、無理な約束を避けながら、依頼に応えられる条件を探せると考えます。

同時に、運営責任者へ、10件の場合に必要な体制と費用、既存業務への影響を確認します。件数を減らしても同じ体制費がかかるなら、少量開始を勧める理由は弱くなります。顧客の条件と見積もりをそろえ、受ける範囲と価格の案を、決裁者へ出したいと考えています。

少量で始めたいという好みで終わらず、選ぶ理由と、選び直す条件まで話せています。この時点で候補者が勧めたのは、顧客と運営責任者への確認です。受注の承認や、10件での開始が決まった記録として残さないようにしましょう。

「20件同時が必要」と分かったら、推奨を更新する

ここで育成担当者は、追加条件を渡します。顧客への確認では「翌月から20件同時に始める必要があり、件数と開始時期は変えられない。ただし、価格の相談には応じる」という回答だったとします。

最初の少量開始案は、そのままでは顧客の条件に合わなくなりました。候補者が「では値上げします」とだけ答えたら、作業能力の不足はどうなるでしょうか。金額を変えることで解ける問題と、提供できるかという問題を分ける必要があります。

候補者の答え直しは、次のようになります。

少量で始める案は、今回の条件では採用候補から外します。価格の相談へは進めますが、その前提として、運営責任者に、不足する月5件分を翌月から、どの体制と品質で確保できるかを確かめます。既存案件から時間を移す案なら、既存の約束を守れるかも確認します。

その体制を確保できる見込みがあり、費用を確認できたら、必要費用と会社が求める利益を含む価格案を決裁者へ出します。承認を得た範囲で、顧客へ条件を相談します。反対に、翌月の作業量と品質を確保できないなら、価格が上がっても、今回の条件での引受けを見送る案を提案します。受注できる金額と、約束を実行できる条件の両方が必要だからです。

育成担当者は、少量開始案を外した理由が「顧客の件数・時期の条件」と結び付いているかを見てください。さらに、価格変更を相談できることを、顧客の承諾へ読み替えていないかも確認します。必要利益の水準は会社が決める条件であり、この演習で一律の率を置くものではありません。

費用の比較では、一件6万円という直接費と、別建ての月80万円という体制費の定義を保ちます。値上げ案を作るからといって、価格に合わせて直接費まで都合よく下がる計算にはできません。追加の作業を手配する費用に、既に含めた仕事が重なっていないかも、経理・財務と確かめる対象です。

確認結果が厳しいときに、何を決裁者へ返すか

もう一度、同じ演習で答えてもらいます。今度は運営責任者から「翌月までに、残る5件分を必要な品質で担う体制は確保できない」と返った条件です。顧客は件数と時期を変えられません。

今回の条件では引受けを見送る判断を、決裁者へ提案します。価格交渉で費用を賄えても、翌月に20件を提供する条件がそろわないためです。決裁者には、確認した作業余力、手配を調べた範囲、間に合わない仕事を示します。了承を得たうえで、顧客へ、現条件では約束できない理由と、将来条件が変わった際に再検討できる範囲を伝えたいと考えています。

重要な顧客の依頼を見送る提案には、ためらいもあるでしょう。それでも、候補者に「現場に工夫してもらう」で不足を埋めさせないでください。経営者や事業責任者も、残る制約を引き受け、何を約束するかを決める必要があります。候補者には、その決裁に使える材料と推奨を返してもらいます。

この条件と、体制を確保できる条件を区別すれば、結論を変えること自体が目標ではないと分かります。必要な品質と作業量を確保でき、価格と会社の条件も合意できるなら、引受けを提案する理由が生まれます。何を確認したから案を維持し、何が満たされないから変えるのか。その筋道を育てていきましょう。

次の演習には、条件変更前後の推奨を残す

経営者・人事・育成担当者の皆さんも、候補者へ課題を渡す前に、最初の情報だけで推奨を一文書いてみてください。「20件同時・翌月開始は必須、価格は相談可能」という条件を読み、さらに作業能力を確保できない条件を加えて、ご自身の判断を答え直します。どの案を外したか、その理由は数字と提供条件のどこにあるか。上司として決める利益や権限の条件と、候補者に確かめてもらう仕事を混ぜていないかも点検しましょう。

そのうえで、候補者にも同じ順で条件を渡し、変更前後の推奨と、決裁者へ何を提案するかを残してもらってください。育成する側が説明できない前提を、候補者に読み取らせる課題にしないためにも、双方の回答を比べる意味があります。

候補者自身には、前後の回答を並べ、変えた箇所へ理由を書き添えてもらいます。「確認します」と書いた箇所では、その回答によって何を選ぶかまで言えるでしょうか。「受けます」と書いた箇所では、費用、作業量、品質、決定権限のどこが確認できているでしょうか。未確認の費用を勝手に半減していないか、承認前の提案を顧客への約束にしていないかも点検してください。

育成担当者は、計算の正否に加え、どの案を外したか、なぜ次の案を選んだか、誰の確認と決裁が残るかを記録します。理由がつながらない一文があれば、そこだけを問い直し、候補者にもう一度答えてもらってください。表を読めるようになった努力を、責任を持って仕事を引き受ける判断へ進める機会になります。

実際の事業数字を題材にする場合は、事業責任者と経理・財務が定義と前提を確認します。この簡略な表だけで、実際の受注や投資の可否を決めるものではありません。演習の持ち帰りは、取引の成果ではなく、判断の前後とその理由を示す記録です。

候補者に任せたい、一つの判断から相談する

GCAP ENTERPRISEでは、次世代リーダーの経営視点や事業計画の演習を扱います。数字の知識をどの仕事で使ってほしいのか、任せたい判断を起点に、実務に沿った練習を考えていきましょう。

企業向け相談フォームには、育成する対象者と、判断が止まりやすい場面をお知らせください。最初から非公開の損益や顧客条件を送る必要はありません。まず課題と進め方を伺い、使える題材と支援の範囲を相談します。