“定着しない中堅層”が抱えるジレンマと、企業が見落としている3つの誤解

企業の成長を支える人材ピラミッドの中でも、5〜10年目の中堅層は実務経験を積み重ね、組織の屋台骨を担う重要な存在です。しかし、近年「この層が離職しやすい」という課題を抱える企業が増えているのも事実。

「ポジションや給与が希望に届かないから」「成長実感が得られないから」など、一般的によく言われる理由だけが原因とは限りません。実は企業側が意外と見落としている“組織内キャリアビジョンの可視化不足”こそが、定着率低下に大きく影響しているケースも多いのです。

本記事では、5〜10年目層が辞めやすい背景を心理的・組織的観点から掘り下げるとともに、給与やポジション以上に重要となる中堅層へのビジョン提示の必要性を解説します。また、中堅層向け育成プログラムやエンゲージメント策を再考する際に押さえておきたいポイントを整理し、“定着しない中堅層”の問題を根本的に解決するための糸口をご提供します。


1. 5〜10年目層が辞めやすいのはなぜ?心理的・組織的背景を探る

社会人としてある程度の経験を積む5〜10年目層は、新卒や若手と異なる悩みやジレンマを抱えがちです。ここでは、心理面と組織面の両方から、なぜこの層が「定着しにくい層」になりやすいのかを分析します。

1-1. キャリアの岐路で生じる“不安”と“比較意識”

心理的観点
5〜10年目になると、同年代の友人や転職市場での選択肢が徐々に気になり始めます。周囲には昇進したり、転職で年収アップを実現したりする人も現れ、自分と他者を比較しながら「このままで良いのだろうか」と不安に駆られることが多くなります。
また、この時期は「現場の専門性を極めるか、マネジメントの道に進むか」といったキャリアパスの選択を迫られる場面も出てくるため、「本当にこの会社でキャリアを積むことが最善なのか?」と自問自答が増える時期でもあります。

組織的観点
企業側からすれば、5〜10年目の人材は即戦力として期待が高まる反面、マネージャーやリーダーへのステップアップをどのタイミングで提示するかが課題になります。適切にキャリアビジョンや育成ロードマップを示せず、現状維持のまま業務量だけが増えると、本人は「仕事ばかり忙しくキャリア展望が見えない」と感じやすいのです。
こうした不透明感が続くと、中堅社員は「今が転職のベストタイミングかもしれない」「他社ならもっと早くキャリアアップできるのでは」と考え離職を決意するケースが増えます。


2. 企業が見落としている3つの誤解

中堅層の離職が深刻化する中で、企業側もいろいろな施策を試みることが多いでしょう。しかし、その対策が的を射ていない場合、逆に社員とのミスマッチを広げる結果にもなりかねません。以下では、特にありがちな3つの誤解を整理します。

誤解1: 「給与やポジションさえ上げれば辞めない」

多くの企業が離職防止のために「昇給」や「ポストの拡大」を挙げることがあります。もちろん、待遇が満足できる水準に達していない社員は一定数存在するでしょう。しかし、5〜10年目の中堅層が辞める根本理由は「お金」や「地位」だけとは限りません。
根底にあるのは、自分のキャリアパスや将来像が明確に描けないことです。今は給与や役職アップを提示して一時的にモチベーションを引き上げられたとしても、長期的なビジョンが欠けていれば「この会社にいても成長できないのでは」と感じた段階で再び転職を検討する可能性が高いのです。

誤解2: 「スキルアップ研修だけ行えば十分」

中堅層向けに専門スキル研修やリーダーシップ講座を実施する企業は少なくありません。しかし、スキル習得は本人のキャリア意欲を高めるための一部でしかなく、「将来にどうつながるか」を具体的に見せる設計がなければ、受講した社員は学んだ内容を現場で活かすビジョンを持ちにくくなります。
研修を受けただけで終わらせず、実務との連携やキャリアパス上の意義づけを明確にすることで初めて「この学びが会社での成長に直結する」という納得感を得られるのです。

誤解3: 「中堅層は自分でキャリアを切り開ける」

5〜10年目にもなると仕事の基礎は身についており、自発的に動ける部分が増えてきます。しかし、それをもって「自分のキャリアプランくらい自分で決められるだろう」と企業側が安易に放置すると、逆効果になりかねません。
Z世代や若手層と異なり、中堅層は既に一定の責任や業務量を抱えており、自分でキャリアを考える時間や情報を十分に取れないことが多いのです。適切なタイミングで組織が関わり、自社内でのキャリア形成の可能性を具体的に示すことが欠かせません。


3. “組織内キャリアビジョン”の可視化不足が主因

5〜10年目を迎える社員は、どのような形で会社に貢献しながら、自分のキャリアを進めていけるのかを明確に知りたいと考えています。ここで鍵となるのが「組織内キャリアビジョン」の可視化です。
単に「マネージャーになれますよ」「専門職としてスキルアップできますよ」という曖昧な提案では、不安や疑問が残ったままになりがちです。具体的にいつ、どのようなプロセスで、その先にどんな責任や役割があるのか、キャリアアップした際の報酬や評価基準はどう変わるのか。こうした将来像が社内で共有されていないと、優秀な中堅層ほど先を見越して転職を考え始めます。

さらに、多くの企業では「経営幹部候補生向けプログラム」や「海外拠点のリーダー育成」など特定のコースが存在する一方で、そこに選ばれない中堅社員には平等なキャリアパスの提示がないままというケースも少なくありません。すると、「自分は選ばれなかった側」と感じ、成長機会の不公平感や組織への失望を募らせてしまうのです。

逆に言えば、たとえ大々的な昇給やポジションアップが見込めなくても、中長期的にどのような役割が期待されているか、会社の戦略の中で自身の専門性がどう活かされるのかが見えていれば、「あと数年はこの環境で力を発揮しよう」という意欲に変わる可能性は高くなります。


4. 中堅層向け育成やエンゲージメント策に必要な観点

中堅層の離職が増える企業ほど、往々にして「組織内キャリアビジョンの可視化」が十分に行われていません。この問題を解決するために、実際に導入・見直しを検討すべきエンゲージメント策や育成ポイントを以下にまとめます。

4-1. 目的・ゴールの再設定と共有

組織目標と個人目標のブリッジ
中堅層が欲しているのは「自分の業務が、どう会社の方向性や社会への貢献に繋がるのか」という大きなストーリーです。会社のビジョンや方針をただ一方的に伝えるのではなく、個々人のキャリアプランと会社のミッションを結びつける対話の場を定期的に設けましょう。
例えば、四半期ごとに経営層から全社員へ向けた経営戦略の進捗説明と、部門・個人の目標をリンクさせるセッションを行うと、「この方向性なら自分はどのように成長すれば良いか」がイメージしやすくなります。

4-2. 意味づけと内省プロセス

ただのフィードバックではなく“自己認識”を促す
中堅層は若手のようにすぐに上司や先輩に相談できない立場でもあります。そこで、定期的な1on1やキャリア面談を形骸化させずに活用し、「なぜこの仕事をするのか」「どのように自分の強みを発揮できるのか」を本人に言語化させる内省の場を作ると効果的です。
内省が深まると「自分の成長ポイント」を客観視できるようになり、現状への不満が「新しいチャレンジや自己変革」へと転換しやすくなります。

4-3. グループメンタリングと横のつながり

同年代・近しいキャリアステージの社員同士で学び合う
組織が大きいほど部署や職種が多様になり、中堅層同士の直接的な交流が希薄になる場合があります。そこで、部門を横断したグループメンタリングや数名単位のピアラーニング・コミュニティを作り、「自分のキャリアをどのように考えているか」「現場での悩みや意欲をどうマネージしているか」を共有し合うことを促しましょう。
これにより、社員同士が相互に刺激を与え合い、キャリアビジョンに対する意欲が高まるだけでなく、社内ネットワークの強化にもつながります。

4-4. リアルタイムのフィードバックと実務連動型学習

実践の場を増やし、成果を“すぐに見える化”する
「変容型学習」の考え方を応用し、座学研修や講義を受けるだけではなく、実際のプロジェクトに参加して成果を生み出すプロセスを学習機会に転換することが大切です。
5〜10年目の中堅社員は具体的な課題解決を通じてしか、リアルな成長実感を得にくいフェーズにいます。したがって、プロジェクト型で経験を積み、その都度フィードバックを得られる仕組みを整えることで、本人が「自分の提案やスキルが組織に貢献している」と納得できるようになります。
この納得感こそが「もう少しここで頑張ってみよう」という意欲の源泉となるのです。


まとめ・結論

5〜10年目の中堅層は、企業にとって貴重な経験値と実務スキルを持つ層です。しかし、心理的にはキャリアの岐路に立ち、自身の将来像を模索し始める時期でもあります。企業側がこの層の離職防止を考えるなら、給与やポジションといった目先の条件だけでなく、組織内キャリアビジョンの可視化に力を注ぐことが不可欠です。

よくある誤解として「とりあえず報酬を上げればいい」「専門スキル研修で十分」「中堅層は放っておいても自分で成長する」という考え方がありますが、いずれも大きな間違いです。中堅社員こそ、これまでの経験を活かしながら次のキャリアステージに進むための方向性と、自分が組織の中でどう成長していけるのかを視覚的かつ具体的に示されることで、モチベーションが高まりやすくなります。

私たちGlobal Career Incubator(GCI)では、外資系・グローバル企業を含む幅広い組織での人材育成支援を通じて、こうした中堅層に対するエンゲージメント施策の重要性を数多く目の当たりにしてきました。単なる研修プログラムの提供だけでなく、個人のキャリアビジョンと企業の戦略をマッチングさせる総合的なアプローチによって、多くの企業が中堅層の離職を抑え、むしろ組織のコアとして活用できる事例を築いています。

“定着しない中堅層”は、決して本人たちが安易に転職を考えているわけではなく、将来への不確かさやキャリアビジョンの欠如が原因であることも多いのです。逆に言えば、企業側が中堅社員に対して的確な情報と成長機会を提供できれば、彼らは組織の中核人材として驚くほどの成果を発揮するポテンシャルを持っています。

今こそ「見落としていた誤解」を取り払い、組織内でのキャリアビジョンを丁寧に可視化することで、中堅層のエンゲージメントを高めていきましょう。それが、これからの企業競争力を支える最も大きなカギになっていくはずです。

執筆者

株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一

略歴:防衛省勤務(国家I種)およびオーストラリア国防省勤務を経てビジネスの世界へ。 不動産大手経験後、不動産ベンチャー立ち上げや国内ファンド・国内事業会社・海外テック企業での経営および採用を経験したのち、当社創業。

企業経営者・採用責任者としての経験をベースに、「キャリア版Y Combinator」とも言える独自のアクセラレータープログラムを開発。外資系・バイリンガル・ハイクラス人材に特化し、個人のキャリアアップと企業の組織力強化・効率化を支援しています。